通勤途中のお寺で
戸坂に「時明院(だったかな?)」というお寺がある。
このお寺の前の道は、私の通勤路だ。
毎朝このお寺の前を通るたびに、ありがたいお言葉を拝むことができる。
(誰の言葉かは知らないけど・・・)
結構いい言葉が書かれていて、毎回「なるほど・・・」と頷きながら自転車をこぐ。
でも、新しい言葉への張替え頻度は月単位よりちょっと長い。
一ヶ月以上は同じ言葉が掲示されていると思う。
前回貼り出されていた言葉も良かったので、今朝は意を決して少し早めに家を出て、絶対デジカメに撮ろうと決めた。
いざお寺の前に立つと、言葉が変わっていた。
「ん? うーーーん。この言葉は撮るべきか撮らざるべきか・・・」
一人でしばらくその張り紙とにらめっこをしていると、横から来たおばさんがお寺の前で立ち止まり、両手を合わせて拝んでいった。
これは失礼!
私が評価を下す言葉ではない。
ありがたいお言葉を私がありがたいと思うか思わないか・・・・で、評価を下されるのは自分なのだと、気付いた。というか、なんとなく感じた。というか、せっかく立ち止まったのだからデジカメに納めることにした。
悩んだ時間が遅刻を招かなければいいが・・・と心配しながらペダルをこいだら、3回チェーンがはずれた。天罰・・・天罰・・・
ちなみに前回の「おことば」は
『深いようで浅いのが知識だった。
浅いようで深いのが欲望』
コメント
悪事を己に向かえ、好事を他に与え、己を忘れて他を利するは
慈悲の極み。
誠にそのとおりなのですが、まだまだ道心にはなれず・・・
遠い道のりですわぁ~
『深いようで浅いのが知識
浅いようで深いのが欲望』 こちらの方が今の自分にはピッタリ!
日々、実践中みたいな・・・
チェーンが三回外れたなんて大変でしたね、なれてるとはいえ"^_^"
しかしながら神様はめるちる様に超えられない試練はお与えにはならないはずで~すから。
う~ん、さすが雑談ごよみさまですね。
私はこの言葉を見て理解しようとせず、デジカメに撮ろうと思ったことは無かったことにしようと思ってしまいました。
だから超えられる試練が与えられたのですね・・・三回も・・・
「若さでアタック」
道行く迷える子羊たちが、がんばろう!いう気にならないかな。。。
深いのか浅いのか、よく分かりません・・・・・・
きっと深いんでしょうね・・・・。
ほった老人さま
ふか~いぃ・・・!むずかしぃ~・・・!