私が起こすであろう現象を人は必ず「心霊現象」と呼ぶだろう。もちろんそのとき私は既に死んでいるのが前提だ。
今私が死ねば、私はその現象を必ず起こすはず。
なぜなら「えーっ!今ぁ?困るぅ!まだあそこを片付けていないし!」と、出来うる限りのオーバーリアクションでジタバタするのがわかっているからだ。
今私が急死すれば、明日の夜が通夜、明後日が葬儀になるだろう。
夫と子供たちは、私の突然の訃報に驚き、心の準備もないままの今生の別れに心を引き裂かれる思いで、通夜と葬儀をやり過ごすはずだ。
葬儀が済むまでは、きっと葬儀会場に入り浸りになるだろう。
その間私も、何が起こったかをちょっと高い位置から見下ろすことができるだろう。
夫が泣き、子どもたちが泣き、孫たちが泣き・・・。
良い妻だった、良い母だった、ちゃあちゃんが大好きだったとの思いが、私を包むのだろう(だったらいいけど)。
まあ、そこまでは私も慌てない。
葬儀に参列してくれる人たちの顔を覗き、きっと一人ひとりに挨拶をして回るだろう。
体から抜け出した魂だけだから私に気づかない人の方が多いだろうが、中には魂を感じる人が居るかも知れない。「私が生きている間には気付かなかった才能を持っているのね」と笑いながら会話をするかも知れない。
喪主の挨拶、出棺が過ぎ、クラクションを鳴らしながら霊柩車が火葬場に向かって立つ頃、私はきっと慌て始めるだろう。
「こんなことはしていられない、早く家に帰ってあそこを片付けなければ・・・・」
家に帰るのはいとも簡単。家を思い描けばいいだけだ。気づけば家の中に入っている。
もちろん、押入れの中に入るのも超簡単!
体のない魂だから、扉を開ける必要もない。
体が無いということは、何て便利なんだろう!!
だが、ここで愕然とする。
「ああ、押し入れに詰め込んだゴミを出せない!扉が開けられない!」
体がないということは、何て不便なことなんだろう!!
そう、私がジタバタする原因は、まさにこの押入れの中にある。
実は数ヶ月前、家具を一つ減らすために中に入っているものを全部引っ張り出した。
いらないものを徐々に整理しながら空にしていけばいいものだが、娘がその日その家具を持って帰りたいと言うので、とりあえず全部出したのだ。
そして、家具の外に溢れたものをありったけの箱や紙袋を出してそこに詰め込むといった応急処置をとった。
とった応急処置は、それだけではなかった。応急処置に応急処置を塗り重ねた。
リビングに広がる箱、袋を押入れの中に全部詰め込み、視界から消したのだ。
視界から消えても、スッキリはしなかった。
スッキリしていれば、今頃私も慌てない。
なぜスッキリしないかというと、詰め込んだ量がハンパではない!
一度意を決して「片付けよう!」と意気込み、押入れから全部出したことがある。
それをみた孫娘が「どれだけ入れとったん!!」と目を白黒させたほどの量だ。
結局孫娘と遊びたいばかりに、また押し入れに突っ込んだ。
あぁあ(--;)
押し入れに突っ込んで数ヶ月、その中から何かを探し出さなければならない状況は一度も訪れなかった。
つまり、丸ごと無くなっても全く困らないものばかりなのだ。
つまりつまり、全部ゴミなのだ。
葬儀場で私のために涙を流してくれた家族がこの押し入れを見たら、きっと「お母さん!なにぃ、これ?」と、叫ぶに違いない。
そうすると皆がそこに集まるだろう。
「お母さんって、いっつもこうよね」ときっと言われる。
「最後の最後まで仕事を残してくれたゎ」と私の遺影を睨むだろう。
私の遺影は、申し訳ない顔に写っているはず。
私は今後ずーっと申し訳ない顔の遺影として、この部屋の片隅に鎮座しなければならない。
孫がお片付けできなかったら「ちゃあちゃんみたいになるよ」と反面教師と化せられるだろう。
絶対それだけは避けなければ!!
そして究極のジタバタが始まる。
ジタバタすれば何かが動く気がする。
とりあえず押入れの扉が開けば、中のゴミを運び出せる・・・・かも。
運び出したら、ベランダ側に移動できる・・・・かも。
移動できたら、ベランダにゴミを運び出せる・・・・かも。
押入れの中にゴミがあるよりベランダにゴミがある方が、どんなに大量でも道理は通るかも知れない。
遺影を睨まれることはないだろう。
ジタバタジタバタするしかない!
玄関のドアが開く音がする。
葬儀とその後の行事を終えて家族が家の中に入ってくる。
多分長男の胸に私のお骨がくっついているだろう。
家に入る皆々の目からは、「ここにはお母さんがいて当然なのに・・・」との思いで涙が溢れていることだろう。
でも、押入れの中の私は、そんなことには気づきもしない。
「まずは押入れの扉を開かないと!」とジタバタし続けているだろう。
まあ、いくら押入れの中に閉じこもって騒いでいても、体はないから汗はかかないはずだ。
「遺影とお骨を置く祭壇を作らないと・・・」と、鼻をすすりながら夫が言う。
娘達が祭壇を作ろうと和室に入る。
「何か音がする・・・・」
そこで二人の娘は顔を見合わせるだろう。
「押入れから?」
でも、二人の性格からすると音のする押入れの扉を開ける勇気はないかもしれない。
それに乗じて、私のジタバタは続くのである。誰かが扉を開くまで。
この心霊現象は数時間で終わるのか、数日続くのか・・・・。
疲れた・・・・・・。
死んだあとも疲れたくないので、死ぬ前に押し入れを綺麗に片付けることにする。
いつ死んでも、笑って逝けるようにヽ(´▽`)/
あ、押し入れだけじゃないな・・・・・。
まだ当分死ねない・・・(ーー;)